デス・オーバチュア
第179話「森に潜む宝石達」




集束された幻剣が全て叩きつけられ、地表が再度大爆発した後、ノワールはゆっくりと地上に降りてきた。
「ふん……」
ノワールは土煙の晴れていく大地を見つめながら、面白くもなさそうに鼻で笑う。
「OH! 肉片一つ残っていないヨ! 文字通り木っ端微塵子ネ、HAHAHAHA!」
土煙が完全に晴れて、その場にマリアの姿がないことを確認したバーデュアがいつもの胡散臭い笑い声をあげた。
「それ言うなら、木っ端微塵ですの、ミジンコは関係ないですの」
隣のフローラが細かいことに一応のツッコミを入れる。
「より正確に言えば、木っ端微塵隠れといったところね……そうでしょう、ノワール」
フローライトが、ノワールの傍に歩み寄りながら言った。
「ああ、バリアを撃ち抜いた幻剣が数本突き刺さった時点で、『影』に持って行かれた……あの程度じゃ致命傷には程遠いだろな……」
ノワールがますます面白くなそうな表情になって答える。
彼が不機嫌な理由はマリアを仕留めきれなかったことだった。
「影? シャドー? いったい何の話ネ?」
「あの影には覚えがある……ファントムの本拠地……喪服の下種……そう黒い人形だ……」
ノワールはそう言うと、バーデュアに視線を向ける。
「OH! 解ったネ、オーニックスの仕業ネ!」
「妹のことなのに気づくの遅いですの。フローラは影と聞いただけで連想できましたの」
「ふん……」
ノワールは視線を、お嬢様と人形の二人から、森の女王様……フローライトに移した。
「どうだ、フローライト、ちゃんと役目は果た……」
ノワールのセリフは途中で遮られる。
「したっ!?」
いきなり、フローライトに左頬を平手打ちされたからだ。
「この下……いきなり何をする!?」
「森を壊しすぎよ、このお馬鹿」
フローライトはひっぱたたいたのは当然といった感じで堂々としている。
「仕方がな……いがぁっ!?」
さらに、今度は左頬が平手打ちされた。
「て……今度は何だ!?」
「さっき、私のことを下種と呼ぼうとしたでしょう? 今のはその分の罰よ」
「ふざけるな、この下女うううぅっ!?」
フローライトがすかさず、往復びんたをノワールにくらわせる。
「……解ったよ、女王様とでも呼べばいいんだろう!?」
「あら、気安くフローライト『様』って呼んでいいっていつも言っているでしょう」
「…………」
ノワールは『この下女いつか絶対に殺す』と固く心に誓うのだった。



「どうやら手助けはいらなかったみたいね……」
ハーティアの森の『外』に、お姫様のような綺麗な純白のドレスを着た銀髪の女が佇んでいた。
「相変わらず肉弾戦が駄目すぎるけど……」
ノワールは解っていない。
格闘能力や剣術などで劣り近接戦闘が成り立たない程実力差があるのなら、相手を絶対に接近させてはいけない、相手と距離のあるうちに倒さなければいけないのだ。
自分も近接戦闘は得意ではないが、どんなに近接戦闘で高い戦闘力を持つ相手だろうが、近寄らせずに倒しきる自信がある。
それができるだけの力と、戦略を彼女は組み上げていた。
「……まあ、それでも少しは成長したみたいね……あなたはどう思う?」
銀髪の女は、左手に持っていた『深く暗い輝きを放つ黒一色の剣』に話しかける。
黒色の剣は答えの言葉の代わりに、小刻みに震えてみせた。
「そうね、あたくしもそう思うわ」
銀髪の女には、黒色の剣が何と『言っている』のか解るようである。
「危なくなったら代わりに倒してあげようかと……例え優勢でも極め技がないだろうから、その時はちょっとだけあなたを返してあげるつもりだったけど……どっちも必要なかったわ……ここに来たのは完全に無駄足だったわね」
銀髪の女は、空に穿かれた『穴』……森の『中』への入口を眺めながら、口元に自嘲の笑みを浮かべた。
どうも自分は『弟』を子供と思って侮りすぎていたらしい。
「そうね、甘やかし過ぎるのは……世話を焼きすぎるのはよくないわね……帰りましょうか、ラストエンジェル?」
銀髪の女は、ハーティアの森に背中を向ける。
「……それにしても……いったい何を『封じて』いるのかしらね、この森は……」
銀髪の女は、森の奥にある『自分によく似た気配を放つモノ』に興味を惹かれながらも、一度も背後を振り返ることなく森から去っていった。



「……終わったみたいだね」
そこは奇妙な場所だった。
部屋中に描かれた魔法陣や魔法円のような奇妙な文字と模様の羅列。
さらに、立体的な蜘蛛の巣のように部屋中に無数の鎖が張り巡らされていた。
もっとも、この場所はたった一つの上への階段を除いて、全てが黒い石壁で塞がれているため明かりは一切存在せず、普通の目では何も無い暗闇の世界にしか見えないだろう。
『…………』
「もしかしたら、解放される機会が巡ってくるかもと思ったけど……残念だったね」
一切の光の存在しない闇の石牢には、二つの気配があった。
「じゃあ、ベリドットに見つかると色々うるさいから、瑠璃はもう行くね」
闇の中をちっちゃな人影が動いていく。
「じゃあね、ウィゼライト……またね」
『…………』
蹲ったまま声一つ出さない気配に別れを告げると、ちっちゃな人影は階段を駈け上って去っていった。
闇の中に『彼女』だけが一人残される。
『彼女』は何も見えず、声一つ出せず、指一本すら動かすことを許されていなかった。
なぜなら、金属製のアイマスクと口封じが、彼女の視覚と口を奪い、両腕では手枷を填められた上に、何本物の拘束帯で上半身に縛り付けられており、その上にさらに石壁に繋がっている鎖で何重にもグルグル巻きにされているからである。
両足も足枷は当然として、石壁から生えているいくつかの鎖にまで絡み付かれており、歩くどころか、立ち上がることすら許されない完璧で厳重過ぎる拘束状態だった。
『…………』
『彼女』は死んでいるのか、生きているのか……眠っているのか、起きているのか、それすら傍目には解らない。
『彼女』……黒髪のエルフは闇の牢獄の中、一人無為の時を重ねていた。



剣を抱くようにして、床に座ったまま眠っていたリーアベルトが『再起動』した。
彼女の横には、なぜか寂しげに見える質素で綺麗なベッドがある。
彼女は、ベッド泣かせな人物だった。
外だけでなく、自分の部屋ですら、剣を抱いたまま座って眠る癖がついており、彼女のベッドは滅多に使われず、まるで新品のようである。
しかも、彼女は鎧すら脱がずに眠っていた。
仮眠もいいところである、これでは、睡眠という名の肉体を回復させるための休憩にはなりはしないだろう。
だが、彼女にはこれで充分だった。
死人である彼女には睡眠など本来必要性のない行為だからである。
疲れすら彼女にはもう存在しないのだから、休息を定期的に取る必要すらなかった。
睡眠など生きていた時の習慣の名残であり、気分を転換する手段ぐらいにしかならない。
「ふう……少しはスッキリしました」
彼女にとって睡眠の一番の目的は、気分のリフレッシュ……ストレスを忘れることだった。
立ち上がったリーアベルトは、テーブルの上に置かれていた水晶玉を手に取る。
「Call、シェイド」
リーアベルトは水晶玉をジイッと見つめながら、ボソリと呟いた。
彼女の右掌の上の水晶玉がブルブルと定期的な振動を開始する。
「つっ……また勝手に『携帯』を切っていますね……」
約一分後、リーアベルトは水晶玉の振動を止めると、テーブルへと戻した。
今、リーアベルトが使った水晶玉は、遠く離れた所に居る同型の水晶玉を持つ者と『連絡』を取るための『機械』である。
声だけでなく、互いの映像まで写すことができる大変便利な道具だ。
念波などの特殊能力と違い、誰でも使えて、届く範囲も広く、最近では小型化も進み携帯もし易くなっている。
もっとも、こんな機械は、中央大陸最新の科学技術を誇る機械国家パープルにすらまだ存在していなかった。
ガルディアだけに存在する技術……ある錬金術が個人的に開発した試作品の一つである。
「錬金術師というより、魔導師ですね、あの男は……」
あの錬金術師の技術は、ガルディアの浸る所に普及(浸食)していた。
普及は一般生活に留まらず、ガイ・リフレインの黄金の鎧、アウローラの暁色の鳥鎧……などの十三騎の使う武器防具さえあの男の作品が多い。
マリアルィーゼやホークロードが使う魔王石(サタンストーン)さえあの錬金術師からの提供品であり、そのことをリーアベルトはあまり好ましくは思ってはいなかった。
あの錬金術師は、ガルディアの民は言うに及ばず、十三騎すら己の作品の実験台にしているのである。
ザヴェーラ様は、あの錬金術師の企みが解った上で、逆に利用されているおつもりなのだろうが……それでも、彼女はあの錬金術師の息のかかった物を使うのには抵抗があった。
携帯水晶玉ぐらいならまだしも、魔王石など使わない、自分には必要はない。
自分には、遙か昔にザヴェーラ様に頂いたこの騎士の鎧と剣……そして、この『不死の体』だけで充分なのだ。
マリアルィーゼやホークロード辺りはこんな自分の拘りを笑うだろうが、これは絶対に譲れない拘り……ザヴェーラ様の騎士としての誇りである。
「それに借り物の力に頼るなど……麻薬に酔うのと変わらない……」
真の力とは、己自身が生まれ持った、あるいは修行して手に入れたものだけだ。
少し、矛盾というか説得力が無いのも自覚している。
今の自分の仮初めの『命』、闇の力はザヴェーラ様の神剣ダークマザー(闇の聖母)から授かったもの……借り物の命(力)だ。
でも、この命(力)、ザヴェーラ様に与えられた二度目の『生』だけは自分の物だと思いたい。
自分はザヴェーラ様の騎士、あの方を守る盾、あの方のために戦う剣、身も心も全てあの方の『物』なのだ。
『悪趣味な……』
遙か昔、心底軽蔑するように自分にそう言ったのは、ザヴェーラ様の弟君であるルヴィーラ様。
ルヴィーラ様は、ザヴェーラ様を敬愛する自分を、喜んで他人に仕えようとする自分を、心底軽蔑されていた。
ルヴィーラ様にとってザヴェーラ様のような典型的な王族は嫌悪の対象であり、自分のような他者に仕えることを自ら望む者は唾棄すべき奴隷根性の持ち主なのだろう。
ルヴィーラ様は王族も貴族も庶民も……いや、人間という存在を全て嫌っているかのような方だった。
何でも簡単にできてしまうので何もしない、何でも簡単に手に入れられるので何も欲しない……何も誰も愛さない……まさに『虚無』の皇子……。
ザヴェーラ様は、自分を凌ぐかもしれない、自分を嫌悪以外では眼中にも置かない(相手にしない)弟に……強い劣等感(コンプレックス)を抱いているかのようだった。
それは、互いに人間であることを辞めた今も変わらないのかもしれない。
一度、命を奪われ、王位を簒奪されたことで、あの兄弟の溝はより深く、関係はより複雑にねじ曲がった。
もっとも、これは独り相撲……ザヴェーラ様だけの一方的なものであり、ルヴィーラ様の方は良くも悪くもザヴェーラ様のことを何とも思っていない可能性があるのが怖いところである。
もしそうなら、ザヴェーラ様があまりにも惨めで、哀れだ。
「……リーアベルト様……」
声と僅かな気配の発生はまったくの同時。
リーアベルトの影から、西方風の喪服を着た少女が湧き出るように姿を現していた。
「オーニックス……ザヴェーラ様がお呼びなのですか?」
彼女の名はオーニックス……最近、ザヴェーラ様が拾ってこられた影を操る『人形』である。
「……はい……」
「解りました……すぐに御前に参ると伝えてください」
「……はい……」
返事が聞こえた時にはもう、オーニックスの姿は綺麗に消え去っていた。
「オーニックス……マリアルィーゼやホークロードよりは問題ない性格とはいえ……」
ザヴェーラ様も妙な人形を拾ってくるものである。
人形に嫉妬したり、張り合っても仕方ないと解ってはいても、新参者が主人の傍ら……自分より主人の近くに居るのはあまり面白いものではなかった。
あの人形はまるで、ザヴェーラの文字通り影のように、常に主人のすぐ後ろに控えているのである。
「……それに、シェイドと能力が被っていますね?」
リーアベルトはそう言って苦笑を浮かべると、部屋のドアへと歩き出した。



「……ん……んっ……」
紫月久遠が目を覚ましたのは、夕方だった。
日の出と共に眠りにつき、日の入り……日没しようとする時間に目覚める。
それは、一般的に考えてとても不健康だった。
「あ、起きた」
「……えっ?」
聞き覚えの無い声。
ちっちゃな女の子が、目覚めた久遠の顔を覗き込んでいた。
もっとも、女の子と判断したのはあくまで声からの推測に過ぎないが。
「なっ……」
久遠は意識が完全に覚醒するのも待たず、その場から弾けるように飛び離れた。
いくら疲れ果てて眠っていたとはいえ、ここまで近づかれて気づかずに眠り続けているなんて……どうかしていたとしか思えない。
「くっ……!?」
着地の瞬間、右手首に激痛が走った。
「大丈夫?」
左手で右手首をおさえる久遠に、ちっちゃな女の子が声をかけてくる。
久遠は右手の痛みに堪えながら、ちっちゃい女の子の姿を冷静に観察した。
黒のスウェットジップアップパーカ(フードつきのゆったりしたジャケット)にスパッツ、黒のスニーカーにアンクルソックスといった、実にスポーティー(軽快で活動的)なファッションをしている。
スウェットジップアップパーカのフードを深々と被られているため、顔は性別すら解らなかった。
ちなみに、スウェットは汗取り、ジップアップは開閉がジッパー(チャック)式という意味である。
女の子の衣装は、まるで脱ぎ易さと動き易さを最優先したような格好だなと久遠は思った。
「警戒しなくてもいいよ。瑠璃はただ、死んだように眠っているあなたを見つけて声をかけただけだから……」
「…………」
確かに、女の子から敵意や悪意は欠片も感じられない。
ついでに気配まで……あんなに接近されるまで気づけなかった程に……希薄だった。
こうして向き合っている今も、気配が、存在感が異常に薄く、まるで本当は目の前に存在していないかのように思えてくる。
「……ここは何処なのかしら?」
女の子への警戒は完全には解かずに、久遠はもっとも知りたかったことを尋ねた。
「ハーティアの森。正確には『外』の森だけどね」
「ハーティアの森……此処が……」
来るのは初めてだったが、知識としてはよく知っている。
エルフを始め、妖精族達が地上で唯一安らげる最後の安住の地だ。
「他に質問は?」
「……貴方は何なの?……ちなみに、名前じゃなくて、素性の話よ……」
名前だけはさっき、女の子が名前一人称(自分のことを自分の名前で呼ぶこと)だったので解っている。
「……えっと……ん〜……大丈夫かな? あなた、人間じゃないみたいだし、物凄く強いから逆に多分瑠璃のこと襲わないよね……?」
「なっ!?」
久遠は驚きの声を上げた。
この姿の時に一目で、自分が『人間ではない』ことを見破られたのは初めてのことだった。
「んっしょ……」
女の子は、フードを下ろす。
襟首の所で扇状に綺麗に切り揃えられた黒髪のボブカット、髪と同じ綺麗な黒玉のパッチリとした瞳、髪と瞳の黒を引き立てるかのように肌は象牙のように白く美しかった。
年齢の低さは体のちっちゃさからも予想していたが、顔立ちはとても幼く十歳にも満たないように見えるが、同時に妙にしっかりとしているような印象も受ける。
つまり、文字通り、小さいのに利発そうな子……という奴だった。
「……天魔!? いいえ、でも色が……」
久遠の注目は、幼く可愛らしく凛々しい女の子の容姿ではなく、その『額』だけに集中している。
女の子の額には、長円形の群青色の美しい宝石が貼りついていた。
「そう、背に天使の翼を、額に翡翠の宝石を宿し……『天』にも『魔』にも居場所無き者、使えるべき主人(マスター)を失った奴隷種(スレイブ)……疾うの昔に絶滅したはずの超古代生物……のさらに突然変異体……が『私』だよ」
女の子は、流暢(滑らかに淀みなく)に自分の正体を語る。
「……まさか、天魔族の生き残りが居るなんて……」
「あ、いくら、『瑠璃』が究極のレアモンスターだからって、狩っちゃ嫌だよ」
女の子の額には、瑠璃ことラピス・ラズリが青く美しく輝いていた。









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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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